マンション問題解決の手引き

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弁護士 加藤貴士



マンション管理費滞納者の名前の公表は名誉毀損?

マンション内における名誉毀損事例の多くは,理事長等役員の職務執行行為を問題とするものですが,今回はマンション管理費を滞納している区分所有者(控訴人)が,同人の未収金対策を議案として管理組合総会に提出し審議に付すことで管理費未払の事実を公表した理事長(被控訴人)の当該行為をもって名誉毀損に該当するとして損害賠償を求めた裁判例をご紹介します(広島高判平成15年1月22日・平成14年(ネ)第391号)。

 

管理費の滞納といっても,本裁判例の場合は,毎月の管理費の内の一部(2000円)の支払を留保するなど滞納額としては合計で数万円という金額でした。控訴人は,経費節約を条件に修繕積立金の値上げに賛成したが,経費節約に理事長が消極的であったことから,支払を拒絶するに至ったようです。控訴人は,滞納額が僅少であるだけに話し合いで解決する方法を採るべきなのに,理事長がこの方法を採らずに,あえて管理組合総会に管理費等の未収金対策を議案として提出したことから,自身の社会的名誉が毀損されたと主張しました。

本件訴訟に至る迄には色々とあったようですが,原審では,控訴人の滞納につき,「経費節約問題に関する…理事の姿勢に対する批判の意を明らかにし,自己の見解の正しさを訴える趣旨で,いわば自己の正当と信じる信念に基づきあえて管理費増額分の一部を支払を留保している」というものであるから,そのことを他の管理組合員に知ってもらって何ら不都合はないはずであることから,「総会の議題とされことによって人格が傷つけられ社会的名誉が毀損されたとの主張は矛盾しており,採用の余地はなく,名誉毀損の事実を認めることはできない。」と判断されています。

さらに,原審では,「管理費の滞納自体は,管理組合として容易には受け入れ難い事態であることは明らかである…したがって,管理組合の理事長である被告及び理事らが,総会において原告の主張をも披瀝してもらった上でこの問題に対する対処方法を組合員に諮るべく,総会の議案に取り上げ提案したことは,管理組合理事として正当な職務行為といえる。よって,このことをもって原告の名誉を毀損する違法行為ということはできない。」とも判断されています。

以上いずれの判断も控訴審で維持されています。社会的評価の低下がなかったとも読めますし,正当業務行為として違法性が阻却されたとも読めるところで判然とはしませんが,いずれにしても本裁判例の事案は,滞納額や支払拒絶の理由のほか,管理組合からの未払管理費の支払督促に対し,滞納者側から,「総会の場で経費節減について主張説明し,組合員の反応をみて組合からの管理費支払督促に対する態度を決める。」との通知がなされていたなど,滞納者側で公表をむしろ望んでいるとも思える言動がみらるという,やや特殊なマンション管理費の滞納事例といえます。それが故に,他のケースに直ちに妥当するとも言い難い面があります。

 

では,本裁判例のような特殊なケースではなく,通常の滞納案件の場合(滞納者が積極的に公表を望んでいるとは思えないケース)であればどうでしょうか。

一般論として,社会的評価の低下が認められ名誉が毀損されたといえるにしても,本事例のように正当業務行為といえる場合には違法性が阻却され不法行為は成立しません。この他にも,摘示公表された事実が①公共の利害に関する事実であり(事実の公共性),②もっぱら公益を図る目的での公表である場合には(目的の公益性),③摘示された事実が真実と証明されたときも(真実性),違法性が阻却され不法行為は成立しません。

滞納の事実自体は真実でしょうから,あとは総会での審議において,滞納者の主張,滞納期間や滞納額などの他,具体的な氏名まで含め摘示することが,正当な業務行為といえるか,或いは,公共の利害に関する事実といえ,かつ,もっぱら公益を図る目的といえるか否かです。上記原審でも指摘されているように「管理費の滞納自体は,管理組合として容易には受け入れ難い事態」であることから違法性が阻却されるケースも少なくないのではないかとは思います。もちろん,事実摘示の場面が総会での審議の場面かどうかでも判断は異なってくる可能性は十分にありますので注意が必要でしょう。 

いずれにしても,あとで問題となるリスクがゼロではない以上,理事会としては,氏名まで含めた形で総会に議題として提案しようとする際には,氏名公表の目的や必要性について一考することをお勧めします。

 

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